「問題社員」と感じたときの解雇判断

時々、次のような相談を受けることがあります。

「問題社員がいて、遅刻や欠勤、業務上のミスが続いています。
 勤務態度も良いとは言えず、注意や指導はしているのですが、
 なかなか改善が見られず、正直、このまま雇い続けてよいのか迷っています」

こうした相談は、決して珍しくありません。

実際、現場が回らなくなり、周囲にも影響が出ている場合に
このように考えるのは自然なことだと思います。

ただ、すぐに解雇に踏み切るのか、段階を経て解雇を検討するのか
プロセスの違いによって、結果も大きく変わってきます。

はじめに:「問題社員」とは

実務の現場では、
「問題社員」という言葉が使われることがあります。

ただ、この言葉は法律用語ではありません。

実際には、

・明確なルール違反や不正行為があるケース
・業務命令に従わない、ハラスメント行為があるケース
・能力や勤務態度の問題が、少しずつ積み重なっていくケース

など、かなり性質の異なる場面が、
ひとまとめに「問題社員」と呼ばれていることが多い印象です。

今回この記事で取り上げるのは、
このうち三つ目のタイプ、
能力不足や勤務態度の不安定さといった事情が、
時間をかけて表に出てくるケースです。

いわば、
「能力不足型」+「勤務態度不良型」
が重なったような場面を前提にしています。

このタイプのケースは、
一度の出来事だけで解雇の可否を判断できる話ではありません。

そのため、
使用者側としても、「どこまで行けば解雇なのか」が見えにくく、
判断に迷いやすい特徴があります。

「問題社員かもしれない」と感じ始める段階

何度注意しても、同じようなミスを繰り返す。
周囲のフォローが増え、現場の負担が少しずつ重くなってきている。
遅刻や欠勤が目立つようになってきたが、
理由を聞くと一応もっともらしい説明は返ってくる。

成果が明らかに落ちているのに、
本人に強い自覚がなさそうに見えることもあります。

注意すると、その場では反省している様子は見せる。
ただ、数週間すると、また同じ状態に戻っている。

こうした状況が続くと、

「この従業員に、これ以上どう対応すればよいのだろう」
「このまま雇用を続けること自体が、現実的なのだろうか」

そんな気持ちになるのは、
使用者側としてごく自然な反応だと思います。

この段階では、
多くの使用者が「問題社員だ」と
断定しているわけではありません。

むしろ感覚としては、
「どう対応すればよいのか分からない従業員」
に近いことがほとんどです。

「もう限界かもしれない」と感じ始める段階

こうした状態が、 さらにしばらく続いていくと、
使用者側の受け止め方は、 もう一段階、重たいものになっていきます。

遅刻や欠勤が重なってきた。
ミスが増え、周囲のフォローが常態化している。
顧客対応やチーム運営に、影響が出始めている。

このあたりまで来ると、
多くの中小企業の現場では、

「正直、もう難しいのではないか」
「この従業員を雇い続ける意味があるのだろうか」

と、一度は考えてしまうのが自然です。

この段階で、
解雇という言葉が頭をよぎる経営者も、決して少なくありません。

それでも、実際にはこの時点で
すぐに解雇に踏み切っているケースは、
それほど多くありません。

多くの経営者の方々は、ここで一度
「この時点で解雇という判断をしてよいのだろうか」
と立ち止まっています。

それでも、すぐに解雇を選べない理由

労働契約法16条の「解雇権濫用法理」とは

解雇については、
労働契約法第16条において、次のように定めています。

解雇は、
客観的に合理的な理由を欠き、
社会通念上相当であると認められない場合は、
無効とする。

表現が抽象的で、分かりにくく感じるかもしれませんが、
この条文は、解雇の有効性を判断する際の二つの視点を示しています。

「客観的に合理的な理由」とは何を意味しているのか

まず一つ目が、「客観的に合理的な理由」です。

これは、
「その解雇に至るだけの事情が、本当にあったのか」
という点を見ています。

能力不足型・勤務態度不良型のケースでは、
この部分が、やや分かりにくく感じられることがあります。

というのも、

「スキルが足りない」
「仕事が遅い」
「ミスが多い」

といった事情は、
どうしても主観的な評価になりやすいからです。

そのため実務では、
単に能力が足りない、
という話にとどまらず、

その能力不足や勤務態度の問題が、
会社の業務やチーム運営に、
どの程度の支障を与えていたのか、
という点が、

あわせて見られることになります。

たとえば、

・周囲のフォローがどれくらい常態化していたのか
・他の従業員の業務量や残業に影響が出ていなかったか
・顧客対応や品質、納期などに支障が出ていなかったか

といった事情も含めて、

「会社として、どの程度の負担や損失を受けていたのか」

という点が、
労働審判や裁判の場面では、確認されることになります。

労働契約法16条がいう
「客観的に合理的な理由」というのは、
こうした事情も含めて、

その解雇という判断を支えるだけの事情が、
どの程度あったのか、

という点を見るものだと考えると、
分かりやすいように思います。

「社会通念上相当」とは、どういう意味なのか

実務では、
この「社会通念上相当」という言葉は次のような問いとして
受け止められることが多いように思います。

その時点で、
解雇という手段を選ぶことが、
他の現実的な選択肢と比べて、
行き過ぎた判断だと言えないかどうか。

つまり、
ここまでの経過を踏まえても、
それでも解雇という判断をすることが、
無理のない範囲に収まっているか、
という点です。

「問題社員かどうか」ではなく、「判断の経過」が見られている

この条文を踏まえると、
裁判所が見ているのは、

「その従業員が問題社員かどうか」
という点そのものではありません。

問われているのは、

・どのような行為や勤務状況が問題とされていたのか
・それは業務にどの程度の支障を与えていたのか
・使用者側は、どのような関わり方をしてきたのか
・他の選択肢は、現実的に検討されていたのか

といった点です。

つまり、
解雇の有効性は、
ある一時点の事情だけで決まるのではなく、
そこに至るまでの経過全体で評価されています。

能力不足型・勤務態度不良型のケースでは、
この「経過」の部分が、特に重く見られる傾向があります。

実際の裁判例では、何が見られていたのか

セガ・エンタープライゼス事件(東京地裁 平成11年10月15日判決)

この事件は、
業務能力が低く、ミスも多かった従業員について、
会社が解雇に踏み切った事案です。

会社側は、

・業務処理能力が著しく低いこと
・周囲のフォローが常態化していたこと
・改善の見込みが乏しいこと

などを理由に、
解雇はやむを得なかったと主張しました。

これに対して裁判所は、
能力不足そのものの有無だけでなく、
そこに至るまでの経過を重く見ました。

具体的には、

・どの点がどの程度問題だったのか
・本人にどのような形で伝えられていたのか
・改善の機会を、どの程度与えていたのか
・配置転換など、他の選択肢を検討していたのか

といった点です。

そのうえで裁判所は、

使用者は、
労働者の能力不足を理由に解雇するにあたっては、
改善の機会を与えるなど、
解雇を回避するための措置を尽くすべきであり、
それを尽くさないままされた本件解雇は、
解雇権の濫用に当たる。

として、
この解雇を無効と判断しています。

前原鑞断事件(大阪地裁 令和2年3月3日判決)

この事件は、
業務能力や勤務態度に問題がある従業員について、
普通解雇の有効性が争われた事案です。

会社側は、

・業務上のミスが繰り返されていたこと
・注意や指導を重ねても改善が見られなかったこと
・配置転換などの措置も講じていたこと
・それでも業務への支障が解消されなかったこと

などを理由に、
解雇はやむを得なかったと主張しました。

これに対して裁判所は、次のような点を重く見ました。

・会社側が、繰り返し注意・指導を行い、改善の機会を与えてきたこと
・配置転換など、他の選択肢も検討・実行していたこと
・それでもなお、業務改善が見られず、業務への支障が看過できない水準に達していたこと

そのうえで裁判所は、

本件解雇は、
社会通念上相当であり、
解雇権の濫用には当たらない。

として、
この解雇を有効と判断しています。


この二つの裁判例から見えてくること

この二つの裁判例を比べると、
裁判所が見ているポイントが、
かなりはっきりしてきます。

それは、

「この従業員は問題社員だったかどうか」

というよりも、

「その時点で解雇という判断をすることが、
他の選択肢と比べて、無理のないものだったか」

という点です。

そしてその判断は、
ある一時点の事情だけではなく、
そこに至るまでの経過全体を踏まえて行われています。

会社側が考えておきたい対応のポイント

では、実務上で使用者側はどのような対応が必要なのでしょうか

1.「何が問題なのか」が、本人に具体的に伝えられていたかどうか

単に、「ミスが多い」、「態度がよくない」
と感じていただけでは足りません。

どの業務の、
どの点が、
どの程度、
業務に支障を与えているのか。

それが、本人にも分かる形で伝えられていたかどうかが、後から重く見られます。

2. 改善の機会が、現実的な形で与えられていたかどうか

「次は気をつけてください」、「しっかりやってください」という声かけだけでなく、

・どこを、どのように直してほしいのか
・どの程度できるようになればよいのか
・どのくらいの期間を見るのか

といった点が、共有されていたかどうか。

そして、その期間の中で、
本人なりに取り組んだ形跡があったのかどうか。

こうした経過が、
後から評価の対象になります。

3. 解雇以外の選択肢が 、現実的に検討されていたかどうか

たとえば、

・業務内容を一部変えることはできなかったのか
・配置転換という選択肢はなかったのか
・フォロー体制を厚くする余地はなかったのか

といった点です。

すべてを実行する必要がある、
という話ではありません。

ただ、

「それ以外に、
現実的な選択肢はなかったのか」

という問いに対して、
使用者側が自分なりに
一度は考えていたかどうか、
このような経過の痕跡はとても重要なものになります。

4. 会社側の対応を、問題行動と結びつけた形で記録に残しておくこと

ここまで見てきたような、

・何が問題なのかを具体的に伝えること
・改善の機会を与えること
・他の選択肢を検討すること

といった対応は、
実際に行っていればそれで足りる、
という話ではありません。

実務では、
それらの対応が、

・どの問題行動に対して行われたのか
・いつ、どのような形で行われたのか
・その後、本人の対応がどう変わったのか

といった点と結びついた形で、
後から確認できる状態になっているかどうかが、
とても大きな意味を持ちます。

たとえば、

・注意や指導をした内容
・改善を求めたポイント
・設定した目標や期間
・その後の本人の反応や業務状況
・会社として検討した他の選択肢

こうした点が、
メールや書面、面談記録などの形で
残っているかどうかによって、
解雇の有効性に関する評価は、
大きく変わってきます。

裁判所が見ているのは、
「頭の中でどう考えていたか」ではなく、

「当時、どのような対応をしていたのか」
「それが、どのような形で残っているのか」

という点だからです。

まとめ

能力不足型・勤務態度不良型のケースでは、

「この従業員は問題社員だ」
とラベルを付けることよりも、

もう少し、
会社側でできることはなかったのか、
という問いを立ててみることのほうが、
ずっと重要になります。

そしてそのうえで、

「この時点で解雇という判断をすることが、
本当に無理のない範囲に収まっているのか」

という問いに、
自分なりに向き合ってきたかどうかが、
後からとても大きな意味を持つことになります。

それは、
「いつか解雇するための準備をしておく」
という話ではありません。

むしろ、
「この時点で解雇を選ぶことは、
本当に無理がないと言えるのか」を、
その都度、考えながら対応してきたことを、
あとから振り返れる状態にしておく、
という意味に近いように思います。

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