なぜ就業規則が必要なのか|10人未満でも整えておくべき実務上の理由
就業規則は、トラブルを防ぐためのもの。
そう聞いたことはありませんか?
たしかに、従業員が10人未満の会社であれば、
就業規則を作らなくても、法律違反にはなりません。
しかし、実務の現場で本当に困るのは、
「違反かどうか」ではなく、
会社として、どの基準で判断するのかが決まっていないことです。
注意や配置転換、休職、懲戒、解雇――
こうした判断が必要になったとき、
あとから必ず問われるのは、
「その対応の根拠はどこにあるのか」という点です。
本記事では、
就業規則の作成義務はいつから生じるのか
10人未満の会社でも作成しておいた方がよい理由
就業規則に効力が生じる条件と、実務上の注意点
について、実務の視点から整理していきます。
もくじ
なぜ就業規則が必要なのか|「トラブル防止」だけでは足りない理由
ま就業規則というと、
「トラブルを防ぐためのもの」
そうしたイメージを持たれることが多いかもしれません。
たしかに、就業規則には服務規律や懲戒など、
職場の秩序を保つためのルールも含まれています。
しかし、就業規則の役割は、
単に問題行動を抑えることだけではありません。
実務の現場で就業規則が本当に力を発揮するのは、
トラブルを“未然に防ぐ場面”だけではなく、
問題がすでに起きてしまったあとの場面です。
たとえば、
・注意や指導をどこまで行うべきか
・配置転換は命じられるのか
・休職や復職をどう判断するのか
・懲戒や解雇が許されるのか
こうした判断を迫られたとき、
会社として必ず問われるのは、
「その判断に、どんな基準があるのか」
という点です。
ここで重要になるのが、就業規則の役割です。
就業規則は、
会社が一方的に従業員を縛るためのものではなく、
会社と従業員の間で、
働き方や労働条件、問題が起きたときの判断の基準を、
あらかじめ共有しておくためのルールです。
就業規則がきちんと整備されていれば、
会社は「会社としての基準」に沿って判断することができます。
同時に、従業員にとっても、
「どのような場合に、どのような対応がなされるのか」を
あらかじめ知ることができるという意味で、
自分の立場を守るための基準にもなります。
一方で、就業規則がない、あるいは内容が曖昧な場合、
次のような状態に陥りやすくなります。
・その場の感覚で対応せざるを得ない
・過去の対応との整合性が取れない
・なぜその判断なのか、後から説明できない
このような状態では、
たとえ会社として誠実に対応していたとしても、
後になって「その判断は不合理だ」「説明がつかない」と
問題になることが少なくありません。
就業規則が必要とされる本当の理由は、
「トラブルを防ぐため」だけではありません。
問題が起きたときに、
会社と従業員の双方が、
共通の基準に基づいて判断できる状態をつくること。
それこそが、
就業規則が職場にとって持つ、最も重要な役割なのです。
そして、ここで実務上よく問題になるのが、
「常時10人以上」とは、具体的にどういう状態を指すのか、という点です。
10人未満なら就業規則は不要?法律上のルールを整理
では、ここで法律上のルールを簡単に整理しておきましょう。
就業規則の作成義務については、労働基準法第89条で、次のように定められています。
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、
就業規則を作成し、所轄労働基準監督署長に届け出なければならない。
この条文から分かるとおり、
就業規則の作成義務があるのは、
「常時10人以上の労働者を使用している事業場」に限られます。
したがって、従業員が10人未満の会社については、
・就業規則を作成する義務はありません
・作成していなくても、それ自体が直ちに法律違反になるわけではありません
この点は、はっきりしています。
実際、10人未満の事業場に対して、
労働基準監督署から就業規則の作成を強制されることも、通常はありません。
ここまでを見ると、
「義務がないのなら、無理に作らなくてもよいのではないか」
そう感じる方も多いかもしれません。
しかし、実務の現場で問題になるのは、
「作成義務があるかどうか」そのものではありません。
本当に差が出てくるのは、
問題が起きたときに、
会社としてどのように判断できるかという点です。
法律上の義務はなくても、
就業規則があるかどうかで、
・判断の根拠を示せるか
・過去の対応との整合性を保てるか
・後から説明できるかどうか
には、大きな違いが生まれます。
次に、
なぜ10人未満の会社でも、就業規則を整えておいた方がよいのか、
実務の視点から整理していきます。
10人未満でも就業規則を整えておいた方がよい理由
法律上の作成義務がないとしても、
実務の現場では、就業規則があるかどうかで、
会社の対応のしやすさには大きな差が生まれます。
特に10人未満の会社では、
制度や運用がまだ固まりきっていないことも多く、
問題が起きたときの判断が、
その場ごとの対応になりやすい傾向があります。
たとえば、次のような場面です。
・注意や指導の内容をどこまで踏み込むか
・配置転換を命じてもよいのか
・休職や復職をどのような基準で判断するか
・懲戒や解雇を検討せざるを得ないとき、何を根拠にするか
このような判断を行う場面では、
「会社として、どの基準で判断したのか」
が必ず問われます。
就業規則が整備されていれば、
会社は「会社として定めたルール」に基づいて、
一貫した判断を行うことができます。
一方で、就業規則がない場合、
次のような問題が起こりやすくなります。
・その場の感覚で対応せざるを得なくなる
・過去の対応との整合性が取れなくなる
・なぜその判断なのか、後から説明できなくなる
たとえ会社として誠実に対応していたとしても、
後になって、
「それは会社独自の判断ではないか」
「その基準は、どこに書いてあるのか」
と指摘され、
争点になることが少なくありません。
また、過去の対応が「前例」として残り、
本来であれば別の判断をしたい場面でも、
同じ対応を求められてしまうこともあります。
就業規則がないこと自体が問題なのではなく、
判断の根拠が文書として残っていないことが、
実務上の大きなリスクになるのです。
10人未満の会社であっても、
就業規則を整えておくことで、
・会社としての判断基準を明確にできる
・対応の一貫性を保つことができる
・後から説明できる状態をつくることができる
という点で、
トラブルを「防ぐ」だけでなく、
トラブルが起きたあとに会社を守る役割を果たします。
就業規則が「使える」ために最低限知っておきたいこと
就業規則を整えておくことが大切だとしても、
実は「作っただけ」で安心できるわけではありません。
実務の現場では、
就業規則があるかどうか以上に、
その就業規則に法的な効力が生じているか、実務上「根拠として使える状態」になっているかどうかが重要になります。
たとえば、就業規則を作成していても、
・従業員に内容を示していない
・入社時に説明していない
・どこに置いてあるのか分からない
といった状態では、
問題が起きたときに、その就業規則を根拠として使えない場面が出てきます。
法律上も、
就業規則の内容が労働契約の内容になるためには、
従業員に周知されていることが前提とされています。
つまり、就業規則は、
「作成したかどうか」だけではなく、
「きちんと周知されているかどうか」によって、
実務での意味が大きく変わります。
また、内容についても注意が必要です。
長年見直されていない就業規則や、
実際の運用とかけ離れた内容のままになっている就業規則は、
かえってトラブルの原因になることもあります。
せっかく整備した就業規則が、
「あるのに根拠として使えない」状態になってしまわないよう、
・従業員にきちんと示しているか
・現在の運用に合った内容になっているか
といった点は、定期的に確認しておくことが大切です。
正しく運用されていない就業規則の実務上のリスク
就業規則を作成していても、
周知が不十分だったり、内容が実態と合っていなかったりすると、
実務の場面で思わぬ形で問題になることがあります。
たとえば、次のような場面です。
・懲戒処分を行おうとしたが、根拠となる規定が使えない
・解雇や退職勧奨の場面で、判断の合理性を説明できない
・過去の対応との不整合を指摘され、会社の判断が否定される
このような場合、
会社としては「ルールに従って対応したつもり」であっても、
後から、
「そのルールは本当に有効だったのか」
「従業員にきちんと示されていたのか」
といった点が厳しく確認されることになります。
実際の紛争や裁判では、
就業規則の内容そのものだけでなく、
・適切な手続で作成されていたか
・従業員に周知されていたか
・運用が一貫していたか
といった点まで含めて、
会社の判断の合理性が判断されます。
その結果、
・懲戒や解雇が無効と判断される
・未払い賃金や解決金の支払いを求められる
・会社側に不利な和解を選ばざるを得なくなる
といったケースも、決して珍しくありません。
就業規則が問題になるのは、
「ないから」ではなく、
**「あっても、正しく使える状態になっていないから」**です。
形式的に整えているだけでは、
いざというときに会社を守ることはできません。
まとめ
従業員が10人未満であれば、
就業規則の作成義務はありません。
それでも実際に問われるのは、
「義務があったかどうか」ではなく、
**「会社として、どの基準で判断したのか」**という点です。
就業規則は、
働き方や労働条件、判断の基準を共有しておくための仕組みであり、
会社自身を、不要なトラブルや不利な立場から守るための土台でもあります。
作成義務の有無にかかわらず、
いまの会社の実態に合った形で、
一度、内容や運用を見直してみることは、
これからの労務管理にとって大きな意味を持ちます。
トラブルが起きてからではなく、
判断に迷う前に、基準を整えておくこと。
それが、会社を守るための大切な備えです。

